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やはり、動物を食べるのは植物を食べるより残酷だと思います。

動物
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大愚和尚著『苦しみの手放し方/ダイヤモンド社』2020/2/20発売
https://amzn.to/32ToZva

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「大愚和尚の一問一答」は大愚和尚が、仏教の視点をもって、国内外の方々から寄せられた相談にお応えする番組です。
【大愚和尚プロフィール】
大愚 元勝(たいぐ げんしょう) 昭和47年8月生まれ。佛心宗福厳寺住職。慈光グループ代表。空手家、セラピスト、社長、作家など複数の顔を持ち「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。僧名は「大愚」(大バカ者=何にもとらわれのない自由な境地に達した者の意)。詳細はこちらhttp://taigu-gensho.com

○このYouTube番組の企画・運営・撮影・編集はナーランダ出版が行なっています。
©︎Nalanda Publishing

コメント

  1. poifull より:

    相手の好意、有難いけど心が痛むというのは状況が違えどありますね
    和尚さんはおもてなしされた時、どの様に気持ちの整理をつけたのだろう

  2. ksme sho より:

    とても難しい問題ですね

    痛みとはなんだろうか、どういう特徴があるだろうか。
    死んだ後まで、痛みは残らないので、おそらく痛みは死ぬ前にピークに達して、意識が遠のいていく時に痛みは感じられなくなると思うんですよね。
    安楽死をさせれば痛みは感じないのだろうか。僕は間違えて毒のある植物を口にして、死にかけたことがあったのですが、その時の記憶で言えば、体の各部位は異変を感じ取って反応していますが、苦しいというよりかは、疲れたという感じです。(幸い後遺症が残るものではなかったので今は元気です。)
    私たちが動物に感じる痛みというのは、そのような状況に共感してしまうということのように感じます。今の私たちの裕福な生活から、肉体を切り落とされることの痛みを共感という機能を通じて想像しているのだと思います。
    実際の動物は苦しいのかというと、おそらく麻酔をかけなければ痛いし苦しいのだと思いますが、苦しまないように殺すことは可能だと思います。
    苦しまないように殺し、大事にいただくのは良いことだと思います。なぜそうなのかではなく、そういう決まりだと思います。

  3. YAMAGON2 より:

    学校で家畜がお肉になるまでの過程をしっかりと教えるべき。タブー視されていること自体が問題。食肉教育はするべき。知ることで意識も大きく変わるから。

  4. 太郎イケメン より:

    植物には脳が無いので痛みは感じてません

  5. ぬっぺっぽう より:

    こういう系の話になると、変な奴が大挙してやってくるな。妖怪の私としては、どんなに頭で一生懸命考えていようとも、単なる暇人の戯言としか思えないな。

  6. street racer より:

    すでに食事というものが、娯楽になっているのも理由の一つかもしれませんね。

  7. 林檎の香り より:

    とても重いお話です。大愚和尚様のお話を、時々読ませて頂いており、いつも有難う御座います。本当に残虐なのは、肉魚を毎日のように料理して頂いて居る私達です。スーパーに並んでる肉を家族に調理し食べさせております。調理の時に申し訳ないと心の中で念仏申して料理し、頂いております。この罪きがれは一生背負って生く覚悟しか有りません。本当に有り難う御座います。

  8. defy より:

    和尚さん長文失礼します。
    何回かに分けてコメントしますが。
    大事な話なので最後まで読んでくださると幸いです。

    よく自分は有難く感謝して食べていると
    自身を正当化してそう言う方がいますが
    感謝して他者を傷つけたりレイプすれば
    被害者の苦しみが軽減されたり
    道徳的責任が回避されると考えるでしょうか
    感謝や供養などを加害者側がいくらしようが
    被害者の苦しみには何の影響も及ばされない
    なので私は「感謝」という言葉は偽善的に聞こえます…
    もう少し無知で無関心な人々には
    被害者の立場に立って物事を考えてほしいものです…

    残念ながら人間は食物連鎖の中には入っていないんです。そして現代の工場畜産は明らかに食物連鎖とは異なるものです。そして人間は肉食動物でもなければ、雑食動物でもありません。人間は生理学的に草食動物です。肉食動物や雑食動物は腸の長さが胴体の3〜6倍しかありません。それに対して人間の腸の長さは胴体の7〜13倍もありとても長いです。これは他の草食動物と同じです。そして人間の唾液には炭水化物の消化酵素が含まれていてそれは草食動物のみが持ってると言われています。仮に雑食動物だとしてもですよ。菜食だけで問題なく生きれて全ての栄養素が摂取できて健康によく環境にも動物にも優しいライフスタイルなのに何故残酷な暴力を選びますか?あの世界で最も権威のある国際がん研究機関が肉はタバコやアスベストと同じで発がん性があることを認めているんですよ?これ以上議論の余地はないと思います。人間が肉、乳製品、卵を食べる理由は「伝統」「習慣」「利便性」「味」です。もちろん教育も関係してると思いますが、そして和尚が菜食を選ばず暴力の選択を選ぶのはなんでですか?「無関心」「無気力」「自己中心的」「不便」だからですか?残念ながら人間は菜食だけで全ての栄養素が補えます。これは科学的根拠に元ずいた事実です。決して和尚を責めてるわけではありません。これが事実なんです。もしもそれでも納得がいかず人間が肉食動物かつ雑食動物だと信じているのなら、2歳児の目の前にウサギとリンゴを置いてみるといい。その子がウサギを食べながらリンゴで遊んだらその時は是非私に教えてください。私たちはライオンでもなければ雑食動物でもない人間は違います。私たちは特徴から見て草食動物です。

  9. Rokuha Noda より:

    私は考えた結果、
    不必要に動物を殺さないため、植物、環境保護のため、菜食です。

    肉食は仏教で、地獄行きではないのですか?お坊様が食べられていることをみると、とても不思議です。

    アースリングス、ドミニオンからただ食べるために凄まじい苦しみを背負わせすぎだと思います。
    畜産業者が悪いねとか、仕方ないね、食物連鎖だね、で済まされない話ではないでしょうか。

    畜産による環境破壊も持続不可能なレベルです。

    栄養がとれないから、仕方なく、、と思うところもありましたが、調べたらいかに動物性のものが体に悪いか、菜食で健康に生きられるか調べてくださった方々がいらっしゃいました。

    特にエスキモーでもなく、菜食ができる環境ですし、
    たかが食べないだけじゃんと言われそうですが、一生で考えればどれだけ動物を殺さないかと思います。

    動物には痛覚と脳があり、家族もこどももいます。愛も持っています。植物には痛覚と脳がありません。
    植物なら殺してよいと言う話ではなく、植物の方が苦痛が少ないのであれば、植物の方がよいのではと思い、植物を食べています。
    植物でも健康にすごせることが調べてわかりましたので、これが動物も殺さず、畜産のために殺される植物の数を考えると、植物にも優しいと思います。

    栄養ではなく、美味しさや味覚のために必要以上に食べることはおっしゃるように、植物にも動物にも私たちの健康にもよくないので、結構減らしています。
    お陰で健康になってきてありがたい限りです。現代人は食べ過ぎによって自らの体に病を引き寄せています。

    動物が殺されるのは畜産業者が殺すからではなく、私たちが食べるからではないかと思います。
    直接殺さなくても、お金を払い味だけいただくのは殺しているのに荷担しているのと同じではないかと私は思います。

    感謝は食べる側の都合であり、殺された側は感謝されても痛みや苦痛や恨みは減らないのではないでしょうか。
    腹や喉をさかれる痛みや、親や子を引き離し、ひよこをミンチにしたり(オスは卵を生まないので、そのまま殺すのです)ますいなしでこぶたの尾を切ったり、子供を食うために奪われた動物の痛みや苦悩は減らないのではないのでしょうか。

    感謝の話を聞いてそう疑問を持ちました。

  10. n. nakagawa より:

    当たり前にある命ではなく、有り難くいただく命 そう感謝して、食べ物を大切にいただきたいと思いました。

    大切な事を改めて教えていただき、ありがとうございます